
私は、長崎の出身です。18歳まで長崎に居ましたので、もうすぐ福岡に来て過ごした年数が同じになります。
人生の半分を福岡で過ごしてきました。幼児のときを考慮すると、実質、福岡での生活が長いことになります。すっかり都会生活に慣れましたが、田舎者のDNAが自分の中にあるのは否定できません。同郷の友人と話すときは、すぐ言葉がもどりますし、夢をみるのも長崎にいたとき(中高生)のものが多いです。
田舎者であるという劣等感や遠慮、意地みたいなものが考え方の根底にあるような気がします。
どれもマイナス要素で、ビジネスでは弊害となり反省することもしばしばありました。でも最近、それが自分の個性で、活かすべきだと前向きに考えるようにしています。社会に出て、たくさんの人と出会いいろいろな経験をしてきたのに、18歳までの時間が自分の考え方に大きく影響しているとは不思議です。
私どもの会社は生まれて2年目、今こそ会社の性格、DNAを組成するときであると最近考えています。
PS》最近の実家の話しですが、この前、庭先の木に1.5mぐらいのヘビが巻きついていて、こちら側を見ていたようで、目が合ったそうです。 そこはジャングルかっ!



親は自分の子供に対して「こういう子になって欲しい」などなど、いろんな想いを込めて、名前をつけて、物の良し悪しを教えたり、叱ったり。それが所謂DNAにつながって行くのかな?と。
今の時代は、一般的にじいちゃんばあちゃんとの触れ合いも少ないですよね。「お天道様が見てるよ」なんて教育が存在するのか分かりませんが、少なくともそう言われて育てられた言葉が、今の私の中に流れている気がします。
昨今の企業による贈収賄事件、偽装事件などは「お天道様が見ている」事を意識すれば、決してできない、やってはいけないことのような気がするんです。
一人ひとりの人間性・価値観は様々です。ただ、企業として活動する以上、そこには統一した考え方、常識、目的などを共有する必要があるように思います。法人も一つの人格なのですからね。
何のために存在して、何を表現するのか。誰の役に立つのか?
人間として、法人としてこの世に生まれ出でたのに、お金だけを追いかけている。これほど空しく、悲しいことはないですよね。
グダグダ書いて申し訳ありません。
DNAをしっかり作り、体にも心にもしみこませることが、ひいては人生を素晴らしいものにしてくれるんでしょうね。
ご活躍を期待しています。
また”ふと考えた”ことのコメントをお待ちしております。
その人物がさっきまで雑談に来ていました。なかなか面白い性格で愚息は大変お世話になりました。[DNA]となのか、その孫も又、可愛がられています。
「永門さん」と言わなきゃいけないのに、「永門」でよいとはばかり、親子二代にわたって呼ばせています。私の携帯グループ検索は「遠い親戚より近くの他人」です。
その永門さんからの情報です。井口博之君が二週間ほど前、福岡市内で急死したとのことです。田舎ではこんな情報が何処からともなく入ってきます。「我が故郷、やはり良い所です。